飯碗

今日は。あめつちです。

『色絵田植え飯碗』を作りました。

(「北海道のごはん展」に出展予定)

 

「色絵田植え飯碗」

昔の田植え風景に想いを馳せながら作った飯碗。取ってつけた様な絵柄だけれど、別に「お百姓さんに感謝をして食べなさい」などと説教臭い製作意図は毛頭ない。念のため。

しかし先日のこと。たまたま飯碗をお探しの方にこの「田植え飯碗」をお見せしたら、ゆっくりと丁寧にご覧になられた後、

「実家が農家なので、子供の頃から田植えの時期にはよく手伝いをさせられたのです。これを見ていると何だかキツくて辛かった事を思い出してしまうので他の飯碗ないですか?」

あらためて深く感謝した。

おわり

 

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飯碗

今日は。あめつちです。

『色絵菊ちらし飯碗』を作りました。

つみ草さん(東京)に納品。他、『色絵田植え飯碗』『色絵松ちらし飯碗』『色絵鹿そばちょこ』『色絵和レース五寸皿』『色絵花唐子角皿』『色絵だるま汲出し碗』『色絵型皿兎と蝶』『豆盆栽』その他、納品。

 

「色絵菊ちらし飯碗」

今作品は、2006年の独立当初から現在に至るまで変わらず作り続けているもので、そういった作品はうちではとても少ない。初期に作り出された多くの作品たちは、繰り返された試行錯誤の果てに今ではそのほとんどが姿を変え、或いは失われてしまった。

菊ちらし飯碗を作っていると当時の過剰な気負いや無駄に張り詰めた自意識の跡が随所に感じられて、何だか昔のアルバムを開いた時みたいに照れ臭くてどこか暖かい気持ちになる。

もう作らなくなった物と未だに作り続けている物、両者の間にあるのは急速か緩慢かという単純な時間の差でしかないのかなと思う。どの器も、少しでも長くひとつでも多く作り遺す事が出来る様ただただ願ってやまない。

おわり

 

子供茶碗

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今日は。あめつちです。

三歳になる甥に贈ろうと『子供茶碗』を作りました。

 

「子供茶碗」

以前は「子供茶碗」というモノにどちらかというと否定的だった。どこか子供騙し、という気がしていたのだ。

ところが、いざ取り組んでみると頭を悩ませっぱなしだった。サイズの問題はもちろんの事、子供は余所見をしていて倒したりするかもしれないから高台を大きく取ってバランスを良くした。子供は手を滑らせるかもしれないから口縁を玉縁仕上げ(一旦、伸ばした口を折り畳んで鞣す技法。口がより締まり、厚みも増す為強度が上がる)にした。興味が湧けばたくさんご飯を食べてくれるかもしれないから可愛い絵にした。物に愛着を持って欲しくて本人の名前を入れてみた。

気づけばただ普通に「普通の子供茶碗」が完成しただけだった。

作ってみてわかる事もあるという事。子供茶碗は子供騙しではなく思いやりの産物だった。

或いは道具自体、元来そういうものなのだろう。

おわり